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2006/02/01

携帯番号こそが国民番号?


電車に乗って『モバイルSuica』の車内広告をぼぉっと眺めていてふと思った
「携帯電話って、このままいろいろやってりゃ、そのうち個人の身分証明機能とか載せるんじゃねーの?」
というのも、携帯電話の番号は日本国内においては必ず一意である(まぁ友人のように、携帯を3個ももってた奇特な人も居るが)
銀行やクレジット会社のデータベースと結びつけられるくらいなんだから、その気になれば住民基本台帳ネットワークに接続する事だって難しくはない
つまるところ、(皮肉めいた言い方をすれば)日本国民は『国民総番号制』には難色を示していたのに、自ら喜んで金を払って自分に番号をふってもらってたワケだ
民というものは、上から言われる事には眉唾でも、自分で選べと言われるとあまり文句を言わないものなのだな


いまや携帯に搭載される機能は多岐に渡る
携帯電話を持っていない人の方が珍しくなってきて、キャリア側としては「携帯本体の機能」では自社に利益がないことがわかっているから、こういったサービスに力が入るわけだ
この「モバイルSuica」や「おさいふケータイ」などのサービスも、携帯電話の機能ではなくて各移動体業者が提供するサービスに対応しているに過ぎない
根本的には「ちゃんと電話ができさえすれば」あとは付加価値の問題に過ぎないのだから
昔は機体ごとに音質の違いや操作性の良し悪しがあったものだったが、今はそういう理由で機体を選んでいる人は少ないだろう
(そういう意味では、先ごろ自分が購入したW-ZERO3は時代の流れからは浮いているのだろう)
サービスが充実してくれば、ゆくゆくは携帯電話だけで日常の権利行使は不自由なくなるのかもしれない
余談だが
昔、携帯の開発をしていた頃
上長に「新しい携帯のコンテンツを考えろ」と言われた事がある
その頃はまだ、iモードもez Webも無い時代で、全ての機能が携帯に丸ごとのっかていた
そこで自分は「ユーザーが電話を使う最低限の機能を持った機体を作って、それ以外のコンテンツはユーザーにネット販売等で購入してもらったどうか」と提案して、あっさり却下された
今にして思えばこの考え方はある程度正しかったということが分かる
そのうち、ケータイは国民への配給制になって、IDチェックや個人財産管理アイテムになるんじゃないか?
今だって携帯を購入するには身分証明が必要なんだから、携帯自体を身分証明の代わりにするというのは、非現実的ではないと思う
例えば紙幣や硬貨を無くし、富と言うものが全部電子情報になってネットワーク上にのみ存在する事になり、携帯端末からだけ利用可能になれば、政府はそこから有無を言わさず税や費用を徴集できるようになるだろう
国民がある一定の年齢になると携帯電話を自動的に与えられ、収入も出費もあらゆる行動も政府に把握されるという時代の到来も、あながち否定できないのではないのだろうか

恐ろしいかもしれないが、利点が無い訳でもない
全ての国民が電話を持っているのだから、NTTがこれ以上有線電話回線に投資する必要がなくなり、高速回線の早期充実に力を注ぐ事に躊躇が無くなるのではないか
国が(税金使って)あらかじめ用意する物になれば、高い機体を泣く泣く購入する事もなくなるし、通話料金の公平性または価格の安定化ということも期待できる
電話と財布が連携できるのだから、そこから公共の費用徴集が公平に行われることも期待できる

もちろんこんな突拍子もない話、セキュリティや登録情報の保護技術がしっかりしていることが前提ではあるが
今はある程度の器材があれば、携帯内部のロムを書き換えることは可能である
外部接続のメモリ(miniSDやメモリースティック)は取り外し可能なのだから、情報流出は大いにあり得る
人間のやることだから必ず穴がある
さらに言うなら、番号制自体を素晴らしいというつもりは無い(可でもなく不可でもない)
でもね、自分みたいなヘタレがちょっと考えただけでも「できて」しまうレベルであることは確かなんじゃなかろうか


便利な未来社会を想像すれば、ゾッとしたりもした
そんな朝だった

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