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2006/07/31

へたれプロフェッショナル意識は軋轢の元

職人という者は難儀なもので、どうしても自分なりのこだわりを捨てられない
そのこだわりが、万人にある程度許される内容ならば
「まぁ、あの人はこだわりがあるからね」
という話で済むことも多いかと思う

コンピュータを扱うことに手慣れてくると、その人も結構職人気質になってくるものだ
それは"へたれ"な自分でもやはりそうである。私何かより何倍も物知りな友人達に至っては、こちらから見ていても立派な職人である
それは、コンピューター全般に関する知識の下地であるとか(使ってきて壊して体で覚える)
あるいは、機械内部での動きに関する、ファジーな感覚であるとか(これもほとんど感を鍛えて慣れるものだから)


しかし、こういう「体で味わって身にしみて覚えた技術の感覚」は、申し訳ないけれど「普通の人」とはなかなか共有できないし、伝えて教えるのも困難である
だからこそ、ことパソコンの世界では「慣れた人」「使うだけの人」との意識の差異が大きくなり、軋轢の元になりがちなのだと常日頃思う
そうならないように気をつけたい
だが、数日前のエントリにあるとおり、気をつけても気をつけても、互いの意識の剥離に振り回されてしまう
でもさ、コンピューター全般に限らなくても、基本理論無しで覚えた知識にどれだけの価値があるだろうか?
それって本当に身について役に立つ物になるのかな?
今世の中に出回っているパソコンのノウハウ本のどれ一つとして、読んで後々まで役に立つと思える物は、申し訳ないけど皆無だというのが正直な感想
データを保存すること一つを取っても、何故保存するのかすら分かっていない方の多いこと多いこと
だって本には、唐突に「保存しましょう」って書いてあるだけだから。たまに「電源を切ると忘れちゃうから」って書いてあったとしても、保存する場所の意義まで説明してある本となるとさらに少ない
私たちの世代の場合、まずパソコンの本体に保存するという考え方自体が無かった
あの頃はハードディスクなんて金持ちの物だったし、何しろパソコン自体が学校や会社の共通所有物だから、貴重なハードディスクを無駄に使ったら始末書物。自分の情報は自分で責任を持って管理するのが当たり前。むろん、そのデータが消えないように奮闘するのも自分の責任
そんな修羅場を越えたのだから、環境が便利になろうと物が安くなろうと、気持ちはいつでも昔を忘れない(個人データはリムーバブルメディアを使う+2重3重バックアップ当たり前)
きっと、山も海も越えて進軍する軍隊で、重い重い銃器を背負って叩き上げられた兵士みたいな、そんな変なプロフェッショナル感なのかと
士官学校出のお坊ちゃんと一緒にすんな!みたいな・・・(苦笑
悩んでも治らないかね、ここまで来ると

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