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2006/08/02

戦争をしない の意味を改めて考えよう

戦争をしないにこしたことはない
だからといって、戦力を持たないことがそれに繋がるとは限らない
戦争を行いたくないと思うだけで、周りが放っておいてくれると考えている者が居るが、それは妄想の産物だと私は思う
なぜなら
戦争を起こす者が国内に居ることが原因になることがあるが
戦争をふっかけようとする隣人があることが原因になることも忘れない方がいい
戦争になるように国内を引っかき回す隣人が居ることもあるからだ

では本気で戦争から出来る限り逃れるにはどうするべきなのか
それは「あそこに喧嘩をふっかけてみたいがリスクが大きすぎる」と思わせることだ
その一つの例はスイスなのかもしれない。重武装のハリネズミ国家。外には出て行かないが、攻めて来ようものなら圧倒的な力で追い返す軍事力。あれを承知で攻めたら、攻めた側の被害の方が計り知れない
だからこそというわけではないけれど、自衛隊という組織はまさに自衛のための組織であり、今や日本にとって最重要組織である(自衛隊という名称がおかしい=ありゃ軍隊だ、という指摘がある。まさに軍隊なのだが、役割として自衛隊という名称は正しいと思う)

それでも軍事力に訴えたくないというのならどうしたらいいか
例えば日本でしか開発できないもの、日本でしか再現できないものを作りだし、この国家の崩壊によって世界中が困るような状態にすることである
かつては液晶や半導体でそういった地位を築きつつあったが、いろいろ外国資本(特に半島ね)に盗まれてしまって、圧倒的優位という部分は無くなってしまっている。なんとかここからさらなる独自技術を開発し、日本で独占し日本でしか再現できないことを世界的に認めさせるというのも手の一つではあるのだ
だが、これとて言わせてもらえば付け焼き刃だ


私はイラクに旅立ち、無事に帰ってきた自衛隊員の方々を本当に尊敬する
いろいろ傷害があっただろうが、それでも今できることを何とかこなして帰ってきたことは、自衛隊の歴史の中でも特筆すべき事であろう
そしていつも災害があったとき、現場に駆けつけて活躍するあの人達に感動する
だいたい、何かあったら「自衛隊来いや!」って言うくせに、来たら来たで「遅い!」だの「役立たず」だの言う連中の気が知れない。少し自分の足元見ろよ
どんな理由であれ自衛隊に属し、その場に立ち会うことになった人々に、感謝と畏敬の念を向けぬ者たちは恥を知るべきだ
少し落ち着いて世界を見回してごらんなさい、とその手の人たちには言いたい
ここまで軍事力に訴えずに我慢している国家が他にあるかと
そして、それをいいことに悪さをする連中が実際居るのだという事を

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コメント

軍事に関しての記述楽しく見させていただきました。
日本のTOPにこれから先のことを考えられるか?ということに関しては、すごい疑問しかありません。
行ってしまった代償に対する行為というものをまるで理解しないだけ、ただ消費するだけのように思われます。


自衛隊に関しても「やればいい」みたいな感覚で派遣しちゃいましたよね。
それはさておき。
ちょっとした一例なんですが、派遣舞台の方々が、劣化ウラン弾処理どうのなどのニュースを見たときに驚きましたね。見ている限り、放射能に対しての装備を行わないまま処理していたようにおもわれます。
メディアのほうは「安全性を確認している」とのことなんですが、実際、放射能に対してあんな装備でやばいだろうと・・・。
放射能の恐怖は日本人は歴史の傷跡のなかに深い恐怖を心に刻み付けているかとおもいます。
そういった事情なんで、自衛隊の方々にはお話していないでしょうね。
これに関して、また数年後、国に対する補償問題相当で、裁判でもあって有罪判決下れば、結局のところまた税金から持っていかれるわけで、本当の意味で責任を取る人間はあいまいにされてしまう。
堂堂巡りもいいところですよね。こうしてみると。
自衛隊の海外派遣の方々は、政府の海外に対する点数稼ぎのための、道具にされたように思われました。

現在日本において、国のために戦いますか?というアンケートでほとんどの方が「No」とこたえたそうです。
ttp://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__2261170/detail
メディアは大学教授の意見を乗せているが、私から言わせれば「国を支える国民を締め上げて何の補償もしないような国のために、だれが戦うんだ?」と言わせてもらいたい。
戦争を放棄しているという頭を持つのは、単なる刷り込み教育の結果だろうと。


今の日本は。
平和のための軍事、というものを理解しない。
本当の意味での交渉という物を理解しない。
何か起きれば責任は依存するものに転嫁してしまえばいい。
表面だけの金メッキ政治といえばいいんでしょうか。
やってること、悉くが不自然だからこそ、崩れかけていく。
メディアの虚言と、政治の腐敗と、精神の窶れ果てた国民と。
日本は後何年持つでしょうねえ・・・。
ちょっと想像してしまいますが。

長文乱文失礼。

投稿: 茨城在住の手下A | 2006/08/03 07:23

いやいや、見られてますなぁ
迂闊なこと書けないねぇ、などと思う今日この頃

コメントを読んでると、手下A君とはちょっと意見が合わないところがあるな、って思うね

>自衛隊の海外派遣の方々は、政府の海外に対する点数稼ぎのための、道具にされたように思われました。
必ずしもそうとは限らないのは、分かった上で仰ってるんだと思うけど
あの状況でまたお金だけ出すようなことをすれば、湾岸戦争と同じになったわけで
また、自衛隊を張り子の虎にしておくべきでないというのも私は思います

>現在日本において、国のために戦いますか?というアンケートでほとんどの方が「No」とこたえたそうです
まぁそらそうかと
国というものが何かを教えない教育では、どこからどこまでが自分たちのテリトリーかもわからないし、守る意義も分からないでしょう


政治家は所詮「仕事」として政治をしてるのであり、「使命」として仕事をしてないのです
その昔、プライドと同じくらいに命を賭けて政治を「仕事」していた人々と同じではないし、そのようにするのも難しい時代でしょう
「仕事」である以上、そこに「心」はありません
「心」のない政治がドライに見え、不審を買うのは致し方ないことかと考えます
しかし、そのドライな中に湿っぽいものを欲しがって駄々をこねる人も居ます
でも、ドライでやるならやってもらってもいいんじゃないでしょうか?

特に最近の政治は、ドライの色が色濃いですがそれほど結果が出ていないわけではないと感じています
ドライになり切った分の代償は、いつか政治家が背負うものです
私たちが気をつけるべきなのは、早急に結果を求める落ち着きのなさだと思います

投稿: あるす | 2006/08/03 22:14

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