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2006/10/11

自分がやったことにも意識が向かないなんて

生徒さんの対応をしていてふと気づいたことがある
どんだけいろいろお話ししても、自分と生徒さんではExcelの画面中どこに注目するかが違う


ごく極端な例だが、次のような例図を作ってみた
20061011
「日付を表示しようとしてセル幅が足りなくてちゃんと表示されてない」というやつである
実は、こういう「正しい答えが求められなかった」という現象が発生したとき、ほとんどの生徒さん(と、9割方のスタッフ)は、その原因を見つけられずに右往左往するのである

で、よく考えてみた答えが、記事冒頭のことなのである
というのも、このような状況に陥った場合、自分が注目するのは赤く色づけしたところ(=数式バー)である
ところが慌てている人が注目するのは、薄い青色(=該当セル・・・この場合A1セル)なのである
もちろん実質的には全く同じものを指しているのであるが
前者の場合は「答えを求めるためにやったこと」を見ていて(=「おおしまった。セルを狭く設定しすぎたか」)
後者の場合は「結果のみ」を見ていると言えないだろうか(=「思ったように日付が出ないからこのExcelは壊れている!」)


この認識の差はいったいどこから来るのだろうか
もちろん授業で数式バーについて説明しているのだから、全く知らないというわけではないはずなのだが・・・

前にも書いたような気がするのだが、コンピューター全般が「受動的」であるという意識がないせいなのかもしれない
「(自分の行動は置いといて)何かをしてくれるものだ」と言う風に思っているから、思った通りのことができないことがあるということ自体、意識できないのかな・・・などと思ったり

そんな、思ってもないことを何でもしてくれるようなモノがあったら困らないどころか恐ろしいわ
人間自体が「能動的」存在であるから、道具ってモノには存在意義があるんだろ?
「何でもしてくれる」モノがあるなら、「何もしなくて良くなる」んじゃなくて「何もできなくなる」んだよ
自分が何をしたのか、それさえ考え至らないなんて、恐怖以外の何者でもない、と思う

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