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2008年5月

2008/05/30

建て前だらけの世界

会社で何らかの研修に出てくると、必ずと言っていいほど
「愚痴を言う人は会社にいらない」
「後ろ向きな発言は仕事の効率を下げるので厳禁」
などと言う。一見、なるほどと思うところだが、それは要するに、下っ端の考えなんぞ聞きたかないので黙っとれ、っつーことなんとちゃうか?と、常々思う
こうやって建て前を教育しておけば、どんな問題提起も、「会社の悪口を言うのは良く無いね」で済ませてしまえる、魔法のカードだ

さらに酷い場合
「会社や社長を敬い、讃える事が成功への道」
なんても言われることがある。信頼の無い社長様に、万が一も見えればまとまらないと言うことであるが、そこまで演出してイメージを作らないとならないのか?

文句も疑念も湧かない、予定調和の世界に何の発展性があると言うのか
そんなうわべだけの仲良し集団、気持ち悪いだけじゃないか
もちろん、年中夢みたいなこと抜かしている妄想野郎は困る
しかし、文句の一つも出ない・言えないのであれば、そこに希望などありはすまい

若者に我慢が足りないのもあるが、こんな目と耳を塞いだ上層部に愛想をつかしたくなるのも道理だろう
愚痴を受け止め、真摯に喧嘩しあえばいいではないか
それを年寄りが自ら避ける教育を、社会人にまでして偉そうにして、後がどうなるか、よく考えてみたらどうなんだ?


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2008/05/29

Windows Liveは使えなさ最上級

昔から、Microsoftという会社は首尾一貫というものを知らない気がする
あれだけ大きな会社なのに、やっていることが「おっ、こいつは面白いことになりそうだぜ、マイスゥイートハニー♪」ってなノリで、それが上手くいかなかったら無かったことにしてる

Windows Liveサービスも開始以来、そういったループに入りそうな予感がする
もちろん自分の場合、メインで使っている機器(自作デスクトップ)には必要ないのだが、研究用にVistaを入れたLet's Noteには調査として入れてみた
しかし、これは酷い、と言わざるを得ない
なにしろ、そのサービスのどれもこれもが、ちっとも"Live!"ではないのだ

最近PCを購入した人なら、否が応でも最初から
・Windows Live Messenger
・Windows Live フォトギャラリー
・Windows Live メール
が入っているはずだ(人によってはWindows Live One Cureも入っているだろう)
初期に購入した人でも、マイクロソフトのダウンロードセンターで一括入手することはできる

さて、Liveというからには、そのサービスの趣旨はオンラインコンテンツのはずである
しかし使ってみると、それらの大半が実際はローカルに依存している
Live Messengerは以前のものと何が違うのかわからないし
Live フォトギャラリーも、元からVistaに入っているフォトギャラリーと何が違うのかわからないし
Live メールは機能が増えすぎて訳がわからない

さらに、どのサービスをどの道順で使ってほしいのか、という流れがまったく一致してないのである
長くなるので今日はここまでにするが、本当にMicrosoftは首尾一貫という言葉を知った方がいい

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2008/05/25

臭いものほどぶちまけろ

世間は規制が流行りだ
子供を有害な物事から守るだとか、間違った情報が飛び交わないように、と言うけれど、むしろそのような行いが過ちを生む温床になることだってある

知らなければやらない、のではない
知らないからやる、のである

説明しなければ、愚者は平然と崖から落下する。それで命が失われると思っていない。それと同じ事である

知っていれば、自らの行いは充分省みられ、相手の行為に説明を求める必要もない
かつて日本人が「つまらないものですが」というもので、奥ゆかしさを説明できたのは、土産を持って来る、と言うことの有り難みを互いが知っていて、モノの価値より行為に価値を見いだしていたからだ
決して自らを卑下しての発言ではない

今の時代、目に見える事しかわからないから、なんでもかんでも説明しろと言うし、説明できない事は隠せと言う
これを陰謀だと、社会に蔓延る闇のせいと発言するのは容易い
しかし、だからどうするのか
すかして、自分たちだけの場所に籠もる、隠者になるのも勝手だ
だが、そうするならもう、どんな世間の行く末にも口出し無用である
規制に対抗するとか、そんな大袈裟な事ではない
汚いものをハッキリ汚いと言い
必要悪の存在をそれと認め
それでも美しいものは確かにあり
社会通念と言う一定の正義があるのだ
こんな最低限の常識だが、言い続ける事が必要なのではなかろうか

あまりの清流には魚も住まないのである


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2008/05/24

一体型PASMO

今までの反省と利便性向上のため
クレジットカードの契約形式を変更して、PASMOと一式になったものにした
これでさすがに無くすまい

つーか、ここまでやって無くしたらアホでしょ


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2008/05/12

素のままで居られないのか

仕事場の同僚は、何をするにも「仕込み」を欠かさない
それが、説明書をきっちり作ることであるとか、資料を過不足無く揃えると言ったことならいい

しかしやることと言えば
「○○さんを誉めるために○○と言ってあげてください」
「☆☆さんは何かで悩んでいるみたいなんで、~と対応してください」
と言った類の内容なのである
毎度こういう話をされる度辟易する
要するに、思いもかけないことを言われるのが嫌で、誰がどういう反応するかも予想ができないので、予防線を張っているのである
自分が思い描く予定調和が訪れないと怖いから、バカみたいに相手を制御しようとする

そんなもんはクソ喰らえだ
ごく一般的な社会常識と相手を思う心があれば、仕込みなんぞせんでも上手く事は運ぶものなのである
だいたい、予定調和で保たれる平和など、長続きするはずもない
喧嘩でも何でもするがいいさ
言い合いができるから分かり合う瞬間だってある
「喧嘩するほど仲がイイ」って言うだろ?

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2008/05/11

知らないことの哀れ

自分ももうそういう歳になったのか、年下の人と仕事をする機会が増えてきた
特に指導するという立場になることがしばしばあるが、そういうときに怒りを通り越してあきれてしまうことがよくある
その主原因は、「話が通じない」ということに尽きる

単に彼ら彼女らが、まだ若くて事象を知らないのであれば、これから覚えてくれればいい話だ
ところがそうではなく
非常にありふれた四文字熟語や喩えを知らない、ということであったり
一般的な地理のこと、普通に習っていれば知っている物理現象、といった類のことがわからない
・・・ということなのである
さらに、知らなかったことを恥じず、そのうえ「自分には関係ない」などと開き直って、改めて覚えようともしない

極端な話をする
ごく普通に高校課程あたりまでの勉強をしていれば、銀行に金を預けるリスクとメリットはわかるはずだ
しかし、彼ら彼女らはこれを知らない
銀行とは巨大な貯金箱だとしか思っていないのである
ここ2,3年の間に、僅かながら利息が出るようになったことを話題に出したとき、そもそも利息というのは何なのか知らなかった後輩に、それはもうがっくりと肩を落としたのを今でも思い出す

このような若者たちには、確かにごく身近な人間関係も、もっと広い世界情勢もわからなくて当たり前だ
そういったことに相対したとき、適切な情報と感情を持ち合わせないから、反応のしようがない
ただ返事をすることしか教わっておらず、目の前にした「それ」が同自分に関わってくるのか、考える力を持たない
ここ半年以上TVを見なくなって久しいが、新聞のTV欄を見て「即興的な内容」が増えているのも、こうした即応的なことしかわからなくなった者が増えたせいなのだろう

そんな彼ら彼女らは哀れである
花の美しさの本質を知らずに「きれいだね」と言い合い、もらう報酬の内情が分からずに「給料が少ない」と漏らす
若者と老人の確執が深まるのも無理はないし、お互いにその原因は相手にあると思っているから、結局溝は埋まらない
このような者たちを育てた老人はもちろん反省すべきだが、若者も「聞くは一時の恥、知らぬは一生の恥」という喩えに耳を傾けてほしいものである

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2008/05/01

メーカー製パソコンに物申す《1》

教室で生徒さんのパソコンの点検を依頼されることがままある
不調の原因は様々だが、概してメモリ不足から発生しているものばかりだ
これは最近の、メモリをバカ食いするソフトが増える以前からのことで、このような問題に当たる度に腸の煮えくりかえる思いをする

例えばWindows XPであれば、OSが軽快に動作するのに必要な"最低限"のメモリ容量が256MBである
だから、企業もののパソコンで、初期搭載メモリが256MBというのはあってもいい
しかし、OSがあくまでハードウェアの管理を担うものである以上、その上に他のソフトウェアを乗せない限りは、所詮そこまでのシロモノでしかない
そして、それらのソフトウェア自体にも、"最低限"必要なメモリ容量の規定がある以上、先に挙げたようなスペックのパソコンは、すぐに"使えない機械"に地位転落する危険性をはらんでいるのだ

問題なのは、そう言った"ギリギリ"のシロモノをして、「このパソコンで快適な生活ができます」と企業が売り出していることなのだ
最低限のスペックなら、すぐにそれに何か付加しないことには普通には使えないというのに、さも「お買い得でしょ」と言わんばかりの売り文句で販売する。企業の欺瞞以外の何者でもない

パソコンが一般に復旧したように見せかけて、それでも使いこなせない人が沢山いるというのは、こういった負の面から発生していると言うこともあるのでは無かろうか

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