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2008/05/11

知らないことの哀れ

自分ももうそういう歳になったのか、年下の人と仕事をする機会が増えてきた
特に指導するという立場になることがしばしばあるが、そういうときに怒りを通り越してあきれてしまうことがよくある
その主原因は、「話が通じない」ということに尽きる

単に彼ら彼女らが、まだ若くて事象を知らないのであれば、これから覚えてくれればいい話だ
ところがそうではなく
非常にありふれた四文字熟語や喩えを知らない、ということであったり
一般的な地理のこと、普通に習っていれば知っている物理現象、といった類のことがわからない
・・・ということなのである
さらに、知らなかったことを恥じず、そのうえ「自分には関係ない」などと開き直って、改めて覚えようともしない

極端な話をする
ごく普通に高校課程あたりまでの勉強をしていれば、銀行に金を預けるリスクとメリットはわかるはずだ
しかし、彼ら彼女らはこれを知らない
銀行とは巨大な貯金箱だとしか思っていないのである
ここ2,3年の間に、僅かながら利息が出るようになったことを話題に出したとき、そもそも利息というのは何なのか知らなかった後輩に、それはもうがっくりと肩を落としたのを今でも思い出す

このような若者たちには、確かにごく身近な人間関係も、もっと広い世界情勢もわからなくて当たり前だ
そういったことに相対したとき、適切な情報と感情を持ち合わせないから、反応のしようがない
ただ返事をすることしか教わっておらず、目の前にした「それ」が同自分に関わってくるのか、考える力を持たない
ここ半年以上TVを見なくなって久しいが、新聞のTV欄を見て「即興的な内容」が増えているのも、こうした即応的なことしかわからなくなった者が増えたせいなのだろう

そんな彼ら彼女らは哀れである
花の美しさの本質を知らずに「きれいだね」と言い合い、もらう報酬の内情が分からずに「給料が少ない」と漏らす
若者と老人の確執が深まるのも無理はないし、お互いにその原因は相手にあると思っているから、結局溝は埋まらない
このような者たちを育てた老人はもちろん反省すべきだが、若者も「聞くは一時の恥、知らぬは一生の恥」という喩えに耳を傾けてほしいものである

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コメント

それがゆとり教育の成果である。

物事の本質を理解しようとしないように教育していき、国を売ることを生業とする方々の思い通りになるようにしたいのだから。

投稿: ぬるぽ星人 | 2008/05/18 00:11

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